障害のある子のための親亡き後信託

障がい者の子供を抱える親御さんなら、自らが亡くなった後の子供の生活の安定は大きな悩みでしょう。従来の制度では十分な対応が難しい「親亡き後問題」も、家族信託を利用すれば解決しやすくなります。ここでは、親亡き後の障がい者の生活を保障する家族信託の事例をご紹介します。

【事例】

Aさん夫妻には、成人している長男と次男がいます。長男は重度の精神障がい者で自立ができず、Aさん夫妻が現在までずっと面倒をみています。次男は結婚し、妻子と一緒に近隣に住んでいます。

Aさん夫妻は高齢になるにつれ、自分たちが亡くなった後の長男の生活について思い悩むようになりました。次男が長男の面倒を見てくれると助かりますが、次男にあまり負担をかけたくないという気持ちもあります。

Aさん夫妻は、財産は長男と次男に平等に相続させたいと考えています。しかし、次男が長男の財産を適切に管理してくれるかどうかも心配です。

親亡き後問題を従来の制度で解決する方法

障がい者の親亡き後問題とは?

障がいのある子供を抱える家庭では、「親亡き後問題」について考えておく必要があります。親が生きている間は、親が子供の面倒をみることができるかもしれません。しかし、親が亡くなった後は、自立できない子供の生活の保障がなくなってしまいます。

親は、子供に財産を残すことはできます。しかし、子供に障がいがあり、子供自身が財産管理できない場合には、財産を残すだけでは十分ではないことになります。

また、親が亡くなる前に、認知症になるリスクも考えておかなければなりません。親が認知症になれば、親の財産が凍結されてしまい、障がいのある子供のために適切な財産給付が行われなくなる心配があります。

負担付遺贈を利用する方法

親亡き後問題の対策として考えられる方法の一つが負担付遺贈です。これは、遺言を書くことにより、障がいを抱えた子供の面倒を見ることを条件に、信頼できる人に財産を遺贈する方法です。

親亡き後問題を解決するために、従来は負担付遺贈の方法がよく用いられてきました。しかし、負担付遺贈では、遺贈する財産の使いみちについて指定できるわけではないので、受遺者が財産を使い込んでしまう可能性もあります。また、遺言は亡くなってから効力が生じるため、亡くなる前に親が認知症になった場合には対応ができません。

そもそも、遺言は遺言者の意思だけでできる単独行為なので、遺言で遺贈を受けても受遺者は遺贈を放棄できます。子供の面倒を見てもらうには、よほど信頼できる人に頼まなければ安心感が得られないでしょう。

成年後見制度を利用する方法

親亡き後の対策として、成年後見制度を利用し、子供に後見人を付ける方法もあります。子供の後見人がいれば、子供の財産については、後見人に管理してもらえます。子供の後見人は、親が生きている間から付けることも可能です。

親が元気な間は、親自らが子供の後見人になってもかまいません。子供が家庭裁判所で後見開始の審判を受けていれば、後見人である親に万一のことがあったときにも、代わりの後見人等が選任されます。

さらに、親自身も信頼できる人と任意後見契約を結んでおけば、親が認知症になった場合に備えることもできます。

ただし、成年後見制度は家庭裁判所の監督下にあるため、制限が多くなってしまいます。後見人は財産を一括管理することになるため、一部の財産だけを特別な扱いにするようなことはできません。また、後見人は財産を保全する行為以外は基本的にできないので、成年後見を利用すると、投資して財産を増やすようなことはできなくなってしまいます。

親亡き後問題の解決に家族信託を活用

障がい者支援信託とは

親亡き後問題を解決する方法として、近年注目されているのが家族信託です。家族信託は、委託者と受託者との契約で、財産の管理・処分等を任せられるしくみです。信託契約は自由度が大きい契約なので、柔軟な財産管理・財産承継が可能になります。

家族信託で、親亡き後問題を解決できるしくみは、「福祉型信託」「障がい者支援信託」等と呼ばれます。

上記の事例を解決する信託スキーム

上記の事例の場合には、次のような信託契約を結ぶことで、親亡き後の長男の将来に安心感を得られるようになります。

委託者 Aさん夫妻
受託者 次男
当初受益者 Aさん夫妻
二次受益者 長男及び次男
帰属権利者 次男または次男の子

Aさん夫妻は、次男を受託者として信託を設定します。Aさん夫妻が亡くなった後は、長男及び次男が平等に財産を相続できるよう、両方が平等に受益権を得られる形にします。そして、長男の生活に必要な資金については、受託者である次男から長男に毎月少しずつ給付するよう信託契約を結びます。

家族信託を組むメリット

生前から財産管理を任せることができる

家族信託は、委託者と受託者の契約で始められます。遺言のように亡くなってから効力が生じるわけではなく、生前から財産管理を他人に任せられるということです。

上記の事例では、家族信託を組むことにより、親は元気なうちから次男に財産管理を任せることができます。親が将来認知症になった場合にも、適切な財産管理が行われるため、長男が生活に困ることがなくなります。

信託財産を分けて管理することができる

家族信託では、受託者には信託財産を分別管理する義務が生じます。上記の事例では、次男は管理を委託された信託財産と、自身の財産を切り離して管理しなければなりません。つまり、家族信託を組むことにより、次男が長男の財産を勝手に使い込むような事態を防止できるということです。

生活費等を定期的に給付してもらえる

家族信託では、信託財産の使いみちについて細かく決めることができます。長男のために残した財産を長男が一度に受け取るのではなく、信託契約にもとづき次男から定期的に給付する形にできるので、適切な財産管理が可能になります。

信託終了後の帰属権利者を指定できる

家族信託では、信託終了時の残余財産の帰属権利者の指定が可能です。上記の事例で、帰属権利者として次男または次男の子を指定しておけば、次男一家に長男の面倒を見てもらう代わりに財産を与えることができます。

監督・監視のための第三者を置くこともできる

家族信託では、信託がきちんと行われているかを監視するための信託監督人を置くことができます。信託監督人には、受託者が権限違反行為をした場合や利益相反行為をした場合の取消権などの権限が与えられます。

また、受益者自身が権利行使をすることが難しい場合などには、受益者代理人を選任することも可能です。受益者代理人を置くことで、長男の権利を確実に守ることができます。

信託監督人や受益者代理人は、司法書士・弁護士等の専門職に依頼することも可能です。上記の事例でも、信託監督人を付ければ、次男が長男のために財産をきちんと使っているかどうかを監督してもらえます。

家族信託だけでなく成年後見も併用するのがおすすめ

障がいのある子供の将来に安心感を得るためには、家族信託だけに頼るのではなく、必要に応じて成年後見も併用するとよいでしょう。

後見人には、家族信託の受託者には任せることができない身上監護(身の回りの事務手続き)を任せることができます。財産管理については受託者が行い、身上監護については後見人が行うことで、より充実したサポート体制をとることが可能になります。

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